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KENのなが~いプロフィール

私の半生を自身の反省も込めてお話したいとおもいます。

だいぶ長い文章になりますがお付き合いくだされば嬉しくおもいます。

なにかお好きな飲み物をご用意していただき、ゆっくりと読んでくださいね。

ではどうぞ!

両親共に指圧師

1974年 11月14日

母の実家鹿児島県鹿児島市にて生まれる

私の父と母は名古屋にある鍼灸指圧マッサージの専門学校で出会いました。

二人は結婚することに。

両親二人とも指圧マッサージ師という恵まれた環境に生まれまた私は指圧師界の

サラブレッドといってもいいかもしれませんね。。(自分で言ってみる)

私が2歳のときに両親が離婚。

母親に引き取られることになります。

母一人子ひとりの「母子家庭」です。

私の母親は16歳の頃より指圧マッサージの世界に身を置いている人間です。

幼い頃より母親が働く姿を見て育ちました。

私が幼い頃の母親の仕事の仕方というのは、ホテルや旅館の派遣マッサージでした。

仕事の時間は夕方から深夜遅くまで。

その頃の私は夕飯を一緒に食べて母親が仕事に行く姿を見送るといった毎日です。

学校が無い日曜などは朝から母親と一緒にいられるので嬉しかったですね。

朝早くから寝ている母親を起こして、どこかに連れてってほしいとねだっていました。

今思うと、もっと寝かせてあげればよかったと思います。

物心ついたときには父親の存在はありませんでした。

それでも記憶の片隅に父親の影が少しは残っていました。

3人で父親が撮影した8ミリビデオを見ていた記憶が今でも頭に残っています。

妄想ばかりしている好奇心旺盛な子供でした

両親と過ごした名古屋から、母の姉夫婦(私にとっては叔母)がいる岐阜県に引っ越します。

叔母には3人の子供がいました。皆私よりも年下です。

男の子一人、女の子二人です。

この3人とは私が成人するまで一緒に過ごしたので兄弟のようなものです。

私は4人兄弟の一番上の兄貴的な存在ですね。

一人っ子だった私にとってこの3人はとてもありがたい存在でした。

幼いころの私はとにかく絵を描くのが好きな子供でした。

暇を見つけては広告の裏や落書き帳などに好きな漫画の絵などを描いて遊んでいました。

本当に絵を描くことが好きで、小学校のときは自分で漫画を描いて友達に見せていたりもしていました。

母はそんな私の絵心を育ててあげたかったのか、絵の教室に通わせてくれました。

母も絵を描くのが好きだったので、毎週日曜日はお寺の幼稚園を教室にしている絵の教室に母と一緒に通うことになりました。

マッサージ師として旅館の派遣マッサージの仕事をしていた母。

夜はどうしても遅くなります。

帰ってくるのは毎日夜中。

私は寝ています。

母と子。すれ違いの毎日をおくる中で、唯一日曜日の「絵の教室」が二人の時間でした。

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