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学生時代

デブだった小学生時代

私はいわゆる“肥満児”でした。夜母親は仕事に出かけていているので夜は一人でうちにいます。

テレビは見放題。お菓子は食べ放題。夜更かしもし放題という子供にとってはあまり良くない環境でした。

そのせいか体重はどんどん増えていきました。それと同じく身長も伸びていったのですが・・

成長期によく食べたいたせいか、立てにも横にもよく成長しました。

現在私の身長は183cmあります。きっとこのときの栄養過多のおかげですね。

不良に憧れていた中学校時代

私が中学生だったころに流行っていたものがあります。

たぶん今の若者にはわからないと思いますが、

BE-BOP-HIGHSCHOOL(ビー・バップ・ハイスクール)

という不良漫画が流行っていた時期でした。

ちょっと悪いことに憧れをもっている子たちはだいたいリーゼントに

太いズボン(ボンタン)をはいていきがっていたものです。

私もその一人でした。今考えると笑えますね・・

まあ、流行とはそういうものです。

不良といってもそんなに悪いことをするということではなく、

他校生とケンカをしたり盗んだバイクで走り出すくらいです。(盗んだのはうそです)

と、まあそんな感じで中学生時代はあまり勉強が好きではなく、

あまり勉強もしていなかったので入れる高校がぜんぜんありません。

これはまずいぞっと感じた私は、何とかせねば!と猛勉強をすることに。

なんとかして入れる高校が見つかりました。

その高校はというと・・

バイクに夢中だった高校生時代

なんとか進学した高校は定時制の高校でした。

昼は働き、夜に学校に行く。

あえて働きながら学ぶ道を選んだわけではありませんでしたが、なんとか入った高校です。

がんばって4年間の高校生活を送り無事に卒業しました。

この学校というのがまた、不良だらけのどうしようもないところでした。

バイクで学校に来るのは当たり前で、上級生にもなると車で登校も。

とにかく全日制の高校生活はそこにはありませんでした。

私も学校に内緒でコッソリと二輪免許をとってバイクに乗っていました。

(きちんと免許を取って乗っていたのでまじめですよね)

学校は毎日6時から授業です。その前に学食で給食をいただきます。

学食のおばちゃんが作ってくれた手料理をいただくわけです。

毎日夕飯は学校で食べていました。

おいしかったな~・・

年度始めは新入生が多くいるのでメニューも豪華なんですよね。

生徒が多くいるので給食費が豊富だからです。

私がいたクラスでも卒業式のときには約半数が退学しているというどうしようもない状況です。

春から冬にかけてメニューが寂しくなっていくのがとても残念でした。

早くから社会を知る

こんな感じで高校生活を送っていわけです。

そんな感じの高校生。活途中で辞めそうになったときもありましたが、なんとか頑張って通っていました。

4年間の高校生活。

定時制高校というのは昼間は働くのが当たり前。

何もしていない人もいましたけどね。

私はというと、4年間でたくさんの仕事を経験しましたよ~

ではリストアップしてみますね

・お菓子工場

・板金屋

・写真店

・ガソリンスタンド

・コンビニ

・土木工事

・建築現場

・屋台のお兄ちゃん(夏祭りの手伝い的な)

・電話工事

・バーテンダー

などなど・・

この他にもいろいろとありそうですがすぐに思い出せません。

まあ、どれもあまり長続きしなかったということなんですけどね・・

しかし、このときの経験は今思うととても良い経験だったとおもいます。

どこの職場でもだいたい自分が一番年下でした。

ほとんどの人は高校を卒業してから就職します。

そこから社会とのつながりが始まるわけです。

私の場合は15歳のころより社会に触れ、大人に触れ、人間に触れる機会を得たのです。

最初のころはまったく社会の常識など持ち合わせていません。

自分では当たり前だと考えていることも、世間では通用しません。

仕事場の先輩方は私にいろいろなことを教えてくれました。

私もいろいろなことを自分に吸収したい!と、たくさんのことを聞き、教えてもらいました。

このときに学んだことがあります。

「人は聞けば教えてくれる」

それは私が何もわかっていない若造でどうしようもなかったからかもしれません。

でも仕事場の先輩達はそんな私にたくさんのことを教えてくれました。

そして私も恥ずかしげもなくなんでも聞いていました。

母によく言われていた言葉がありました。

「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」

とにかく私はいつも知らないことをそのままにするのが気持ち悪い性格になっていたのでしょう。

今でも分からないことはすぐ人に聞きます。

いつまでも子供のように「どちてボウヤ」なのです。

私は自分ができないことを、できる人のことを素直に尊敬しています。

たくさんのことを素直に聞くことができた、この若いときの時間は、とても尊いものだったのだなと、今になって思います。

フリーター時代

高校は定時制で4年間あります。

卒業したのは現役高校生より一年遅れの19歳のとき。

さて何をやろうか。そのときの私には特にやりたいこともなく、

ただ毎日バイトをして消費して、遊んでという、なんでもない日常を送っていました。

「今が楽しければいい」という何も目的の無い若者代表のようなかんじです。

“人生に目的のない若者”でした。

特に何も困っていることがなければ、人間には目標など生まれないものです。

家に対して不満があるわけではなく。社会に対して不満があるわけでなく、。。

特に何がしたいわけでもなく・・

私も世の中に多くいる“普通の若者”でした。

目的を持たない若者

高校をなんとか卒業することができました。

19歳の私がそのときに考えていたこととは。。

「何も目的が無く、やりたいことも無く、ただなんとなく毎日を生きる・・

このままで自分はいいのだろうか・・・」

こんな感覚に毎日さいなまれていました。

目的が無いということは苦しいものです。

それは、

人間というのは「無いものねだり」だからでしょう。

あれば、有難さを忘れ。

無ければ欲しがる。

本当に困った生き物です。

何もしたいことが無いということは別に不幸なことではありません。

生活に満たされていて、日常に何も不満がなければ幸せということです。

生き物にとって一番の心配事は、自分が死ぬことです。

生命体としての自分の「死」が一番の最重要課題なのです。

「毎日の生活に安心感がある」

寒さと暑さから身を守る住まいがあり、お腹が空けばすぐに何か食べることができる。

風邪などの病気になっても、すぐに医療を受けることができる。

満たされているということが当たり前になると、人はその領域からなかなか出ようとしなくなるものです。

満たされていない環境にいると、満たされる環境を作り出すために動き出します。

何とか自分の欲求を満たしたい!と思うものです。

「何の目的もなく、何もやりたいことがない」

そんな若者は世の中にたくさんいます。

私もその一人だったのです。

やりたことが見つかる

そんな感じでふらふらとした生活が3年ほど続きます。

気づけば23歳になろうとしていました。

ある日テレビを見ていて衝撃的な場面に出会いました。。

それは、当時一部の人たちに流行りだした若者文化。

TATTOO(タトゥー)です。

わかりやすくいうと刺青です。

幼いころから絵を描くことが好きだったこともあり、

「これは自分にとって向いている仕事だぞ!」

と、直感的になにか感じることがありました。

心から「やりたい!」と熱くなり、雷に打たれたような衝撃でした。

それからというもの、本屋に入っては刺青に関する本を物色するようになります。

当時はまだインターネットが一般に普及していない時代です。

情報といえば「本や雑誌、テレビ」でした。

夢中でした。

しかしその夢は長くは続かなかったのです・・・

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